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「・・・久しぶりだね、はるちゃん」 「・・・っ、はい」 ――まさか、この場で対面することになるとは思っていなかった。 言いたいことはたくさんあるはずなのに、喉の奥で詰まったままの言の葉たちが音となることはない。ただ一言、何とか絞り出した返事を境に、室内は静寂に包まれた。 ――数秒か、数十秒か。 無音な空気に息が詰まりそうになっていると、目の前の男――高遠悠斗(たかとおはると)は、はっと何かに気付いたかのように息を飲み込んで足を踏み出してきた。 「っ、はるちゃん怪我してるじゃん。はやく手当てしないと」 私の左膝を見て狼狽を顕わにした悠斗先輩は、有無を言わせぬ慌てぶりで私の手を引いて側に置いてあった丸椅子に座るようにと肩を押した。 私が座ったことを確認すると、薬品棚から手慣れた様子で包帯やら消毒液やらを取り出して、これまた手慣れた様子で手当てをしてくれるものだから、先程までの気まずかった雰囲気も忘れて無意識に感嘆の声を漏らしてしまう。 「悠斗先輩手際が良いですね・・・ありがとうございます」 「誰かさんがしょっちゅう怪我してたからさ。自然に上達しちゃったよ」 そんな風に軽口をたたきながらもその瞳には見慣れた優しさが滲み出ていて、お昼にも感じた胸の痛みがグッとせりあがってくるのを感じる。 ――ああ、言っちゃだめだ。 こんなこと言ったって困らせるだけだって、分かっているのに。 「・・・どうして。どうして優しくしてくれるんですか」 悠斗先輩が顔を上げる。綺麗なダークブラウンの瞳には、私の情けない顔が映し出されている。 分かっているのに、一度零れた言葉は、堰を切ったかのように溢れ出して止まらない。 「先輩、言いましたよね。あの学祭の日。もう、俺に話しかけないでって。っ、なのに、なのにどうして優しくしてくれるんですか?私のこと、嫌いになったんじゃないんですか?」
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