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握り締めていた左手に、不意にそっと手が重ねられた。
驚いて顔を上げれば穏やかな表情で微笑む先輩が目の前にいて、密かに息をのむ。
触れ合っていた温もりは先輩が立ち上がったことによって直ぐに消えていった。
そのまま私に背を向けて、静かに語り出す。
「・・・俺とはるちゃんが初めて出会ったのも、ここだったよね。あの時は俺がはるちゃんのこと泣かせちゃってさ、すごい焦ったな~。しかも俺のこと知らないなんて言うし。最初は興味本位で友達になろうなんて言ったけど、さ。・・・でも、俺はあの時はるちゃんに出会えてよかったって思ってるよ」
ゆっくりと話す先輩は、笑っているようにも、どこか悲しんでいるようにも見えるけど、その相貌をこちらに向けてくれることはない。話しながらも少しずつ足を前へと踏み出していた先輩は、扉の前でぴたりと足を止める。
「・・・はるちゃん」
先輩が、振り返った。
「――さっきのはるちゃんの言葉、1つだけ訂正。俺がはるちゃんのこと嫌いだなんて、思うわけないでしょ」
それだけ言って、先輩は行ってしまった。
残ったのは、掌に残る微かな温もりと、甘いムスクの香りだけ。
――ああ、狡いなあ。
私が苦手だって分かってて、あんな顔をしているんじゃないだろうか。あの表情を見せられたら、私が何も言えなくなるって分かってるんじゃないんですか。
不意に、昼に友人たちと交わした会話が思い出された。
「・・・ごめんね、もうとっくに騙されちゃってるんだ」
あの、寂しがりで嘘つきな、1つ年上の男の子に。
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