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[ To my daughter]
君が生まれた瞬間、新しい僕が生まれた。
父という存在の僕が。
そして、君の笑顔がセピア色だった僕の生活を、まっさらなキャンバスに描かれた、陽光と抱き合う向日葵(ひまわり)の絵のように輝かせ始めた。
愛する娘、と子煩悩の弱さになる父親の気持ちを気づかせてくれた。
僕の妹の結婚式の時に涙した、親父の情緒も何となく理解出来るようになった。
いや、それはまだ僕のような初心者マークの父親では覚束無い心底なのかも知れない。
成長した君はカタコトの言葉で僕に告げる。将来はパパのお嫁さんになってあげる、と。
無邪気に僕の腰に抱きついて、舌足らずの喋りでさらに台詞を続ける。パパ、大好き! と。
そして、僕は微笑んで答える。
将来はパパと結婚しようね、と。
君は満面の笑みで大きく頷く。
僕と君は小指を絡ませる。指きりげんまん、と力強くお互い声に出して。
すると君はフリルの付いたスカートも軽やかに舞い踊りだした。
何処かで聴いた事も無い、君自身の唄を歌い始めた。
何にも縛られれず、ただ素のまま動き、君は奏でる。
君は自由に包まれている。美しい生命力に満ちている。
君を抱き上げる度に、君の温度が僕に伝わる。その温もりによって僕は救われる。
少女よ。
まだ幼き我が娘よ。
いずれ君は誰かと恋に落ちて、僕の身から離れていくだろう。
いずれ君は誰かに愛され、そして、彼と結ばれて僕の身から去っていくだろう。
君が遠い昔に僕のお嫁さんになってくれると、手紙を送ってくれた事もすっかり忘れているだろう。
そして、僕が結婚しようねと返事した事も記憶の彼方に隠れてしまっているだろう。
それは君の約束であり、僕の嘘。
やがて訪れる君との訣別までの、僕が背負い込んだ身勝手な思い出。
だけど、その別離の時に、もし、君が純白のドレスを身に纏い涙してくれるなら、僕が今までついてきた嘘を後悔しない。
願わくは君の運命の人が現れるまで、僕が君の恋人でいたい。
だから僕はその時が来るまで切ない嘘をつく。
了
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