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ある日、とある街の傍に巨大な龍が空から降ってきた。
凄まじい轟音と巻き上がる粉塵。
そして轟く地震に町中は混乱に包まれた。
街を囲む城壁を優に超える体躯のそれを見た街の者は、この世の終わりだと嘆き、恐れおののいたものの、龍は城壁に顎を乗せただけでそれ以上動かなかった。
それだけで城壁の一部にヒビが入るほどの打撃ではあったが。
街の者が右往左往する中、龍はのんびりとした風情で、町中に響き渡る声でこう呟いた。
『腹が減った。暫くここで休む』
それは魔法の言葉であり、素養のある者以外には聞こえなかったが、街の少なくない者がその声を聴いた。
その言葉を理解し、話すことも出来る国家所属の魔術師が呼ばれ、龍との対話に駆り出された。
頭だけで小山くらいはある龍と対面して話すことになった気の毒な年配の魔術師は、ただでさえ薄い髪を重圧で減らしながら龍と会話を試みた。
「あー……その、あなた様は街を襲う気はない、という解釈でよいのですか?」
『そうだ。襲う意味もあるまい?』
龍の話す調子はどちらかと言えば友好的であったが、ほんの少し身体を動かすだけで街が消えるであろう状況に、魔術師の胃の痛みが止むことはなかった。
「空腹でいらっしゃるのでは?」
『おぬし、我の体躯で人を食って腹が膨れると思うか?』
それは純然たる事実であり、言われた魔術師は少し安心する。
「では、どのようなお食事をなさるのです?」
『大気中に流れる魔力を喰らうだけで十分だ』
そう言って龍が呼吸らしきものをすると、大気が動く気配と共に、魔術師の目にも見えるほどはっきりと魔力が集まってくるのがわかった。
それらは龍の体内に取り込まれ、一瞬の光となって消えていく。
「そういえば秘術を極めた魔術師は、霞を食って生を繋ぐと聞きます。もしや、龍殿と同じなのでしょうか?」
『知らぬが、そうなのではないか?』
龍は特に興味もないようだったが、魔術師にとっては龍の言葉は魔術の深淵に近付くための大きな手がかりである。
知らず、魔術師は恐怖より好奇心の方が勝るようになっていた。
「私の名はフミドと申します。龍殿にはお名前はあるのですか?」
『あるとも。同族に名乗る必要があるからな。ルトシールト、だ』
こうして、人と龍の交流が始まった。
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