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国都から派遣されてきた使者の神官は、ルトシールトに対しても物怖じせず、堂々と名乗りをあげた。
「セントアール王国の宮廷魔道士、ゼーパである。以後、お見知りおきを」
慇懃無礼に頭を下げるゼーパの様子を、フルドはハラハラしながら横で見守っていた。
ゼーパは典型的な国の役人と言った風情で、礼儀正しいとは言いづらい。もしルトシールトの逆鱗に触れでもしたら、滅びるのは街なのである。
神の一種ともされてきた龍という存在の印象に反し、ルトシールトは気さくな雰囲気の龍であるが、その体躯が圧倒的に巨大なものであることには変わりない。
ゼーパとの会話で気を悪くして暴れられたら。
ルトシールトにとっては軽く地面を叩く程度の動きであったとしても、街にとっては大損害、なんてこともありえる。
幸い、ルトシールトはゼーパの言動に特に気分を害した様子はなく、フルドは安心した。
なお、後日判明したことであるが、龍にとって人間の言葉遣いなどは誤差の範疇であり、無礼だとかそういう感覚自体がなかったので、フルドの心配は杞憂であった。
「ルトシールト殿はいつまでここに滞在されるおつもりか?」
『十分魔力が満ちるまでだな』
それが具体的にいつ頃かをゼーパは聞き出していた。それは思ったよりも長くなりそうで、横で聞いていたフルドは思わず喜んでしまう。
「国としてはあなたと友好的な関係を築きたいと考えている」
あわよくばルトシールトを利用しようという意図が裏に透けてみえる発言だった。
ルトシールトはそんなゼーパの意図を知ってか知らずか、端的に応えた。
『不要だ。いずれ我は去る』
それは今後関係を持つつもりがないという意味であり、フルドはほっとしたような残念なような複雑な気持ちを抱いた。
「……ふむ。そちらが落ちてきたことによって、建物が崩れたり、怪我をしたりした者もいるのだが」
『そうか。人とは脆いものだな』
与えた損害に対する責任や負い目を突こうとしたようだが、それも失敗した。
続けざまに目論見を外され、フルドから見てあからさまに機嫌の悪くなったゼーパは、その日は大人しく引き下がった。
それを見送りつつ、面倒なことにならないようにとフルドは祈った。
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