0人が本棚に入れています
本棚に追加
あれから、もう随分と時間が過ぎた。
僕は大学の進学で一度地元を離れたが、戻ってきて就職をした。それでも、この公園に足を運ぶのは何年振りかのことになる。
時間は飛ぶように流れて、気付いたら日常だったはずの公園での日々は遠い昔の思い出になってしまっていた。
けれども、その思い出が風化することはなかった。
話していた内容もどうでも良いことばかりなのに、ふとした時にあの日々を思い出す。かけがえのない、大切な日常だった。
あの時、名前を聞こうとも連絡先を聞こうとも、僕は思わなかった。離れてしまうから、それでお別れなんだと、何故かずっと思っていた。
彼女は最後に「じゃあ、また」と言ってくれたけれど、僕の返した言葉は聞こえていただろうか。そもそも、彼女はまだあの公園に通っているのだろうか。
そんな考えても仕方のないことを考えて、答えを出すのを先送りにして、僕はずっと公園には来なかった。
でも、ようやく僕は決めた。
いくら考えても彼女の気持ちは彼女にしかわからない。だったら、僕は僕がしたいことをすべきだ。
そして、僕は彼女に会ってみたいと思った。名前も何も知らなくても、今更でも、僕は彼女が好きだった。
思い立った今日早速、僕は公園に足を運んでみた。もうすぐ夕日が沈むけれど、彼女がやってくる気配はない。
それでも、僕は今日から、また彼女に会える日をここで待ってみようと思う。彼女がここにやって来なくて、僕が諦めるのが先だったら、それはそれで構わない。
でも、もし本当に彼女に会えたら、まず最初は自己紹介から始めさせてもらおう。
そんなことを考えながら、僕は沈んでいく夕日を眺めていた。
「こんにちは」
すると、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある、少し小さな声だった。
顔を見るまでもなく、僕にはそれが誰だかわかった。
「こんにちは」
僕はベンチの端に腰かけた彼女に笑いかけた。
彼女は同じように、僕に微笑み返してくれた。
最初のコメントを投稿しよう!