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言葉の意味を理解した女房は、あどけないほど純粋な表情を、大人びた冷静なものに変えた。
「それは、私に身を犠牲にして稼げという意味ですか?」
「そこまでは言わない。ただ、前の女房はかなり無理をして、恩返しをしてくれたもんでね……」
「恩返し?」
「罠にかかったのをはずしてやっただけなんだが、向こうからしたら命を助けられたのと同じだろう。ずいぶんと恩義に感じてくれてね」
思わず得意な様子が顔に出る。反対に女房の表情はさらに冷たくなった。
「感謝はしています。だから今まで、一生懸命尽くさせていただきました。あなたさまはそれ以上を望むのですね」
怒気を感じて弥彦は焦る。
「なにも無理をしてほしいわけじゃないんだ。一本でも織ってくれれば、気持ちよく正月を迎えられると思って」
「わかりました」
そう言うと女房は、そのままの格好で寒い屋外へ出て行った。
織り小屋へ行ったのだろうと思った弥彦は、ようやく、と喜んだ。胸の内で自分に呟く。
――今度は、戸を開けない。
その夜、みんなが寝る頃になっても女房は戻らなかった。
――きっと一本でいいと言ったから、一晩で仕上げてくれる気なんだろう。
弥彦は子どもたちといろりのそばで眠りに就いた。
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