白鳥の恩返し

2/8
前へ
/8ページ
次へ
弥彦は以前、鶴を助けたことで恩返しを受けた男だ。鶴は美しい娘の姿になって弥彦のもとを訪れると、女房としてあれこれ世話を焼いてくれただけでなく、美しい反物を織って弥彦を裕福にしてくれた。鶴は弥彦に、織るところを覗くなと言った。弥彦はそれを破った。鶴は去って行った。二人の間にできた幼い子どもたちを残して。 弥彦は後悔した。覗かなければ女房はいつまでもいて、家のことも子どもたちのことも完璧にやってくれただろう。ところが今は、弥彦が幼い子どもたちの面倒を見つつ仕事もこなさなければならない。これなら一人暮らしのときのほうがずっと気楽だったと思う。小さな家に一人住んで、たまに狩りに出ればどうにか生活ができたのだから。 女房が出て行ってからというもの、日に日に弥彦の不満と疲労は溜まっていった。反物を売って得た大金は、幼い子どもたちのために建て直した家にほとんど使ってしまった。広くなった家と増えた家族の面倒をみるために、弥彦は前よりもずっと、家でも外でも働かなくてはならなくなった。 おまけに子どもたちは鶴が産んだ子ということで、近隣の子たちから気味悪がられたりからかわれたりしているし、同じ理由で弥彦のもとへ来てくれる後妻もいない。子どもたちは皆素直でかわいいが、時折寂しそうに「お母ちゃんは?」と聞かれると、まるで責められている気になる。 今度は失敗しない。覗くなと言われた部屋は決して覗かない。 そう決意して、弥彦は冬の湖に向かう。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加