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山が赤く色づき出した頃に弥彦はもう一度聞いた。
「おまえさん、機織りはできるかね」
「はい」
「そうかい」
弥彦は頷いて見せた。「織ってほしい」とは言わない。でもこれで、自分が望んでいることは察してもらえただろう、と思った。
しかし織り小屋は人が寄りつかないままだった。
年の瀬が近づき、みんなでいろりを囲んでいるときに、弥彦は誰にともなく呟いた。
「うちは子どもが多いから、何かと物入りだな」
一番下の子を挟んで隣に座った女房が頷く。
「そうですね」
「世間はいくらか景気がいいようだが、うちじゃあ、正月におまえさんが着るもんも新調してやれない」
「かまいません」
女房は白い頬をにっこりと微笑ませた。続けて言う。
「私は、子どもたちとあなたさまが元気でいてくれたら、それで幸せです」
「欲がないな」
弥彦は苦く呟いた。
言葉を選んで再度呟く。
「正月に少し贅沢をするくらい、いいと思わないか」
「できるんですか?」
女房は漆黒の瞳に嬉しそうな光をたたえて見上げる。弥彦は目を逸らして小さく答えた。
「もし、おまえさんが反物でも織ってくれるんなら……」
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