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翌朝、目が覚めた弥彦は、かまどに火がなく食事の支度が始まってもいないことに軽く腹を立てた。いくら機織りをしているからといって、毎日の務めを疎かにされては困る。
ぶすっとした父親の機嫌を窺いつつ、一番上の男の子と女の子が食事の準備にかかる。
見るともなしに眺めていた弥彦は、手際が悪く思うように進まないことにさらに機嫌を損ねた。
「おまえたちは家にいるばっかりで、おっかあの手伝いもしていなかったのか」
反論しかけた男の子を女の子が止める。弥彦はため息を吐いて横になりながら続けた。
「こっちはおまえたちを養うために命懸けで働いているというのに……」
食事が済むと、上の子たちが指示して子どもたちみんなで家のことをやり始めた。今日はしばらくぶりの休みと決めていた弥彦は、一人動かず、いろりのそばでごろごろしていた。
昼近くになっても、一向に女房の姿は見えない。さては機織りを口実に昼食作りも怠けるつもりか、と、織り小屋へ行った弥彦は驚いた。
織り小屋は無人のままだった。誰かが中へ入った気配すらない。
洗濯ものを持って通りかかった長女が言う。
「おっかあならもう帰ってこんよ」
驚いて振り返った弥彦に、長女は昨日の女房と同じ目を向けた。
「今まで誰のおかげで幸せに暮らせてたと思っとるん。贅沢したいなら、おっとうが稼いでくればいいのに」
そして、ふん、と横を向いて行ってしまった。
女房は本当に帰ってこなかった。下の子たちはまた母親を失った悲しみを父親にぶつけ、上の子たちは父親に冷たくなった。
弥彦はわがままに育ってしまった子どもたちを疎ましく思った。そしてそれを産み捨てて行った鶴女房と、些細なことで腹を立てて出て行った白鳥女房の無責任さをいつまでも恨んだ。
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