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「もし。あなたはまさか、捨松さんじゃ……」
声をかけてきたのは尼さんで、どうやら捨松、ここで坊主になるというわけには行かないようです。
「やっぱりそうだ。捨松さんだ。生きて……生きていたんだね。ああ、どうしよう。捨松さんが生きていると知っていたなら、なんとしてもあの子を捨てたりするんじゃなかったのに」
わーっと泣き出しましたその尼さんが、何とおようなので。
おようは、江戸で再び女衒の元から逃げ出しました。
その時既に捨松の子を宿しておりましたおようは、折檻を受け、胎の子を守るために逃げ出したのでございます。たった一人で子を産み落としましたものの、育てていけるわけも無く、心も弱り身も弱り、病を得て己の命数が尽きるのも時間の問題。せめてこの子だけは――と、命がけで守った我が子をついに手放しました。
その後、行き倒れて死にかけていた所を寺の者に助けられ、からくも命を取り留めましたおようは、自分のために命を落とした捨松の菩提を弔い、やむを得ずとは言いながら捨ててしまった我が子の幸福を祈って生きていくつもりで得度をし、尼になったのだと申します。
卒塔婆は、悪いやつがおようを探して来た時の用心にと、寺の者が立てたものでした。
「なんてこった……。おい、神様よ。今度こそ本当に最後だ。その赤ん坊を、何とかここい取り戻してくれ。俺の手に抱かしてくれ」
「よし、確かに聞き届けたぞ」
辺りは神々しい光に包まれまして、捨松の手には、柔らか物(絹物)に包まれた、ふくふくと血色の良い赤ん坊。
「これが、俺の餓鬼かね。神様がそう言うんだから間違いはねえんだろうな。へへ、よくよく見ると目元なんかは俺に似てやぁがる気がしてきたぞ。口の辺りはおようにそっくりじゃねえか。神様よう、おりゃあ必ず真人間になって、きっとこの子を――」
ふと気が付くと、神様の姿はもう、どこにもありませんでした。
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