第1部

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「大丈夫、大丈夫、緊張なんてしないって。ただ、呼びとめて、こう言ってやればいいのよ。『もしわたしと付き合いたかったら付き合ってあげてもいいよ』って。大喜びでオーケーしてくれるって。男子の方だってカノジョ欲しいと思ってんだからさ」  ケタケタと豪胆に笑う友人たちに励まされた胡桃だったが、今思えば相談する相手を間違えたような気がする。彼女らがゲットしたカレシとは、髪を染めたりピアスをあけたりすることにしか興味が無いチャラ男である。今目前にいる少年、中沢小太郎(コタロウ)は、そういう軟派ヤロウとは一線を画す存在なのだ。参考になどなろうハズがない。  サッカー部の彼は二年生でありながらレギュラーとしてチームの一角を担うほど抜群の運動神経を誇り、しかし、それを鼻にかけることはない。誰にでも分け隔てなく優しく、しかもその優しさたるや、男子クラスメートをして「オレが女だったら惚れるね」と言わしめたほどである。教室の戸を開けてもらったくらいでそこまで言う彼の人生に幸あれ、と言いたくならないわけではないが、とにかく、小太郎は上等な男の子と言って良い。顔立ちも端正であるので、当然女子にも人気が高い。風の噂によると一年のときに何度も告白されているそうである。しかしそのことごとくを断ってきた、ということも聞いていた。  告白を受けなかった理由は(よう)として知れない。理想が高いのだろうか。  そんな難攻不落の城に挑むのに、正面突破はいささか無謀であったかも知れないが、なんといっても胡桃にとっては初恋である。深遠な恋の駆け引きなど望むべくもない。傍らにいた彼女の参謀役たちも大口開けて笑うことしかしない能無しばかり。当たって砕けるしか手はなかったのである。  どのくらい時間が経ったのだろうか。五月の夕べはまだ明るい。部活動が終わって男友達と帰ろうとしていた小太郎を校門前で捕まえたのである。雰囲気を察したその友達からは冷やかしの声がかけられて小太郎に迷惑をかけたわけだが、これはやむを得ない。ダイレクトに当たるのではなく友人を使って小太郎を呼び出してもらうということも一応考えてみたのだが、 「これはわたしの戦いだ!」  という、恋心を伝えに行くのにまるでタイマンを張りに行くがごとき潔さを発揮して、ひとりで事に向かったのである。
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