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橙色の夕日に染め上げられるなか、胡桃は小太郎の喉元を見ていた。告白した後はまともに目を合わせられず、視線を下げていたのである。喉の少し上にある顎先がこくんとうなずくのが見えて、ついで、「いいよ」という一言が胡桃の耳を快く打った。
それは世界を変える一言だった。夕暮れの景色がにわかに燦然とした黄金色に輝いたような気がした。胡桃にとって、新しい朝が来たのである。半ば信じられない気持ちで確かめるように彼の目を見ると、小太郎もじっと胡桃を見ていた。長い睫毛が縁取る綺麗な瞳に、ちょっと照れた色が混ざった。
「ふつつか者ですが、よろしく」
照れくささを紛らわすような小太郎の口ぶりに胸が鳴った胡桃は、どもりながら、こちらこそ、と返して丁寧に頭まで下げていた。
胡桃は夢見心地のまま帰宅した。告白を受けてくれた小太郎はそのまま別れ道まで胡桃をエスコートしてくれた。記念すべき「初お帰り」だったわけだが、何を話したのかは覚えていなかった。変なことを口走ってなければ良いが、嬉しすぎて頭がくらくらしていたので、もしかしたらポロポロと何かつまらないことを言ってしまったかもしれない。恋する乙女のいっぱいいっぱいの愛らしさとして評価してもらうほか無いところである。
「何かあったの、お姉ちゃん?」
自分の部屋に入って、学校指定の肩かけカバンを下ろした胡桃は、ニヤケ面を見とがめられた。妹である。胡桃のマイホームは団地の一室であって、そこに住む家族は胡桃の他に母、父、兄、弟、妹の六人構成。当然、個室など望むべくもなく、妹とプライベート空間を共有しているのだった。
椅子に座って、うさんくさいものでも見るような目つきをする小学四年生の妹に、胡桃は姉の快挙を語ってやった。実のところ胡桃は話したくて仕方なかったのである。それで余計ににやついていたのだ。なにせ幸せはおすそわけすると倍になるという。今でも十分幸せなのに倍になったら死ぬかもしれない!
話を聞き終わった妹の態度は、胡桃を死の恐怖から解放してくれたようである。彼女はその怜悧な瞳をぱちぱちとさせて、
「ふーん、良かったね」
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