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と言っただけで、勉強机に戻ると、学習プリントらしきものにペンを走らせ始めた。まことに張り合いのないことである。姉に初カレができたというのに何だろうこのつれない態度は。わけてあげようと思った幸せを突き返された形になった胡桃はムッとしたが、そこでピンときたものがある。
胡桃は妹の背後から、
「大丈夫。咲子もそのうちカレシできるよ」
女の子としてはるか先を行ってしまった姉をうらやむ妹をなぐさめてやった。
妹はプリントに向かったままで、
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「今勉強してるから」
落ち着いた声音のままたしなめてきた。
部屋を追い出された胡桃は、消化不良気味の気持ちを解消すべく、兄と弟の共同スペースへと向かった。向かったと言っても、廊下を挟んで目の前である。引き戸を開けると、小六の弟の姿が見えた。兄はまだ帰っていないらしい。弟はなにやら難しげな顔をしながら、床一面に広げられたトレーディングカードを見ていた。彼の趣味である。確かモンスター・なんちゃーらとかいう名前で、どっぷりとはまっているらしく、小遣いを全てつぎ込み、そればかりか町が主催するトーナメントにも参加しているほどの入れ込み様であった。
「へえ、良かったじゃん。姉ちゃん」
両手に持ったカードをためつすがめつしながら口先だけで答えるという、適当極まりない答え方をする弟に対して、胡桃は一言、
「このカードおたくめ!」
罵声を浴びせ、部屋を後にした。「サモナーと呼べ!」という怒号を壁越しに聞きながら、胡桃は続いて、買い物から帰って来た母、仕事から帰って来た父、部活から帰って来た兄に、今日のセンセーショナルな出来事を話した。彼らは年少の弟妹よりは反応してくれたものの、一様に穏やかなリアクションだった。唯一、兄だけが多少興味ありげな顔をしてくれたが、とはいえ、胡桃の期待していたようなものではなかった。
「おめでとうございます、クルミさんっ!」
うるさいほど鳴り響くファンファーレ、まぶしいほどたかれるフラッシュ、四方八方から突きつけられるマイクの前で胡桃はクールに言うのである。
「そんな大したことじゃないわ。落ち着いて、みんな」
言われるまでもなく沈着な家族に、
「もう少し騒いでよ!」
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