第1部

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 と言い出すことはさすがにできず、胡桃は、自分の気持ちを過不足なく読みとってほしいという思春期特有の願望を胸に抱きつつ、記念すべき日をやり過ごしたのだった。  家族の代わりはクラスがしてくれた。   胡桃と小太郎が付き合い始めたという噂は、翌朝にして、すでにクラス中の知るところとなった。いかなる情報網のしからしむるところによるのかさっぱり判然としないのだが、このような「カップル誕生」の報というのは、燎原の火の如く恐ろしいほどの速度で広がるのである。  胡桃がもやもや推測するところによると、これは「裏生徒会」とでも呼ぶべき秘密諜報機関の仕業であった。表向き生徒の学校生活を牛耳るのは生徒会であるが、彼らには実際のところ大した権限など無い。コミックでよく見かけるのとは違い、ナンデモカンデモやりたい放題という訳にはいかないのが現実である。生徒の日常生活の為にしてくれることと言えば、せいぜいが、 「いついつにこれこれの行事がありますよ、がんばろうね」  的に学校行事への参加を促したり、校門前の清掃活動をしたりと、もちろんそれらはそれらで大切なことであるが、あんまり目立った話でもないし、一般の生徒からしてみれば、活動しているのかしてないのかよく分からんというのが実情である。  その代わりに存在するのが「裏生徒会」である。彼らは、生徒の学校生活、主に恋愛問題を解決するために、様々な情報を提供してくれる。誰が誰のことを好きらしいとか、付き合ったとか、別れそうとか、別れたとか。各クラスに配置された「耳」が情報を集め、「口」が情報を流す。その情報は適確無比であり、大いに生徒の学校生活を豊かなものにしてくれているのだった! 「中沢、お前、福田と付き合ってんの?」  胡桃の妄想は、自分の名が不意に愛するカレシ――実にイイ響き!――の名と共に聞こえてきたときに、破れた。  昼休みの喧騒がピタリとやむ。教室中の好奇の目が、胡桃から少し離れた席に座る男の子に集まっていた。なんだかもう見ているだけで幸せになれそうな男の子である。その傍に立つのが、今しがたツマラン質問をした男子だった。昨日校門前で小太郎を呼びとめた時に、彼と一緒にいたサッカー部の男子である。 ――あ、もしかしたら……。
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