0人が本棚に入れています
本棚に追加
胡桃の、少女コミックを読みすぎてすっかり(漫画的)恋愛モードになってしまった脳に、電光のように閃く考えがある。それは、今、小太郎に詰め寄っている彼は胡桃のことが密かに好きなのではないか、というものだった。
胡桃は己の罪深さに打ち震えた。きっと彼は入学式の時に胡桃に一目惚れをして、以来一年想いを温めてきたのだ。何度も告白しようと思ったことだろう。その度に、もうちょっとタイミングを見た方が良いと、考えを改め、しかし後悔し、次こそはと拳に決意を握ってきたに違いない。そうして、今年、運命の女神の祝福によって胡桃と同じクラスになれ、これからいよいよちょっとずつ仲良くなって秋頃には告白までこぎつけようと思っていた矢先に、胡桃・小太郎カップル成立の悲報が届いたのだ。彼の無念はいかばかりか。
胡桃は心中で彼に詫びたが、それとこれとは別問題である。純粋な男心が為したことであったとしても、事態は思わしくない。胡桃は固唾を飲んで成り行きを見守った。というのも、カップルが別れる原因として、
「クラス中からからかわれるのが嫌!」
ということが挙げられるからである。現に一年生のときに、それが理由で自然消滅したカップルが同じクラスにあったのだ。
胡桃は、付き合い始めた直後にして、既に別れへのルートの見える分岐点に自分がいることを意識した。
「付き合ってるけど、それがどうかしたのか?」
小太郎は端然とした声を出した。新カップルにとって初の危機は、その一言で軽やかにクリアされた。どっと沸き起こる歓声の中、小太郎はサラサラとした黒髪を揺らして胡桃のほうを向くと、軽く手を振ってきた。ぼおっとして手を振り返す胡桃。更に高まる祝福の声。
「だからクルミちゃんには近づくなよな、ボクのカノジョだから」
小太郎が恋のライバル(仮)に釘を刺した。胡桃は、あまりの嬉しさに、今なら空も飛べるだろうと思われたほどだった。下の名前で呼ばれたこともさることながら、公の前でカノジョと言ってもらえたのである。
――幸せすぎて怖い……。
その甘やかな恐怖感に浸ってうっとりとしている時間は長くは続かなかった。
小太郎の凛とした鮮やかな立ち居に胡桃がうっとりとしていると、唐突にがしっと両脇をつかまれて、あっという間もあればこそ、恋話(こいばな)の余韻冷めやらぬ教室から引きずり出され、連行された先は女子トイレであった。
最初のコメントを投稿しよう!