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シュンスケおじさんの夫婦仲がだいぶん前から冷え込んでいるのはかあさんも感知するところであったが、倉木マキさんの横領が大分前から始まっているのはかあさんの感知するところではなかった。
かあさんはどちらかと言うと気丈な人である。僕の父親と別れる時も手切れ金ではなく会社をせしめてその後うまく回しているし、僕のランドセルが、スーパーのゴミ箱から見つかった上に僕の行方がしばらく知れなかった時も大変しっかりしていたらしい。
そんなわけで、母、倒れるの一報をもらって、数時間呆然としたらしい僕(記憶にない)を、目覚めた後、僕を病床に呼びつけたかあさんはやはり、大変にしっかりしていた。
「会社に置いてある荷物をとって来て欲しいんだけど。毎日使うものもあるし、金庫の中からもちょっととって来て欲しいものがあるの」
「…………会社に?」
僕は、言葉を濁す。かあさんは探るように僕を見ている。 横には、田中さんという母の会社の専務の人がいる。田中さんは、非常に小柄なおじさんで、黙っていると、存在を忘れそうなほど影が薄い。
「昼間に行けば、みんな出払ってるから、そんなに人いないわよ。いても田中さんがうまくやってくれるし。ね、田中さん」
かあさんの視線に田中さんが頷く。
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