【専業主婦・梨沙子の物語】

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【専業主婦・梨沙子の物語】

梶谷(かじたに)を乗せた中央特快が東京駅を出発した頃、専業主婦の梨沙子(りさこ)は神田駅のホームで、ぼんやりと空を眺めていた。 『せっかく私のお腹にやってきてくれたのに。ごめんね』 結婚して12年の梨沙子(りさこ)が苦しい不妊治療を経て、やっと授かった命が天に(かえ)ってしまったことを、ついさっき病院で知らされた。 ホームには、幼稚園児と手をつなぐ親子連れやランドセルを背負う二人組の女の子たちも、次の中央特快を待っていた。梨沙子(りさこ)はなるべく子どものいる光景を見ないように努めたが、どうしても視界には入ってきてしまう。 きっと自分はこれからもずっと我が子とは会えないのだろうと思うと、涙を()えるのだけで精一杯だった。 中央特快が神田駅に到着し、梨沙子(りさこ)は乗り込んだ。 ぼんやりしていたせいか、東京駅からの乗客に加え、梨沙子(りさこ)と同じように神田駅から乗り込んだ乗客で席は埋まってしまった。 扉付近にはまだ余裕はあったが、少し奥に入り、満席のシートの前に立ち、つり革を握り、空を眺めた。無意識のうちにお腹の子どもを守ろうという習慣が身についてしまっているようだ。
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