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【初老婦人・和子の物語】
梶谷と梨沙子を乗せた中央特快が神田駅を出発した頃、初老に差し掛かった和子は御茶ノ水駅のホームから神田川を眺めていた。
先日の嵐で、自宅の庭の『思い出の木』が根本から折れてしまった。
庭いじりは専ら夫の趣味で、和子は『思い出の木』と呼ばれる木の名前さえ知らない。長男が生まれて間もない頃、一戸建てを購入した時に夫が植えた木を『思い出の木』と呼ぶようになっていた。
庭や木にも興味がなかった和子も、末っ子の次女が嫁ぎ、心に余裕ができたせいか、『思い出の木』が折れてしまったことが無性に寂しく感じるようになっていた。
中央特快が御茶ノ水駅に到着し、和子は乗り込んだ。一緒に乗り込んだ乗客たちに流され、つり革を握った先には、リュックをお腹の前で抱く30代半ばのぽっちゃりとした印象の女性が、つり革を握り、午後の空を眺めていた。
和子は三鷹駅までは、このまま立ち続けて『思い出の木』と似た木を車窓から探そうと決めた。そして自宅に返ったら、『思い出の木』の名前を夫に聞こうと思ったりもしていた。
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