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【営業マン・梶谷の物語】
御茶ノ水駅で扉が閉まり、梶谷は新宿駅まで残りあと二駅であることを確認し、再び見込み案件を頭の中で探す作業を進めた。
ふと天井を見ようと視線を上げると、目の前に初老の女性が車窓を眺めながら、つり革を握っている。
「あの、すみません、気づかなくて。どうぞ」
梶谷は目の前の初老の女性に声を掛けた。
「あ、いやいや私は良いんですよ。それよりも彼女を」
初老の女性は隣に立つぽっちゃりとした女性を、梶谷に紹介するように身体を向けた。
「マタニティーマークを付けてらっしゃるから」
梶谷の方からは見えない位置だが、ぽっちゃりとした女性がお腹に抱えたリュックにはマタニティーマークがぶら下げられていた。
「あ、それじゃ、どうぞ、どうぞ。ボクは次の四ツ谷駅で下りるので。どうぞ、どうぞ」
梶谷は嘘をついた。
そうして、ゆっくりと立ち上がった。
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