【専業主婦・梨沙子の物語】

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【専業主婦・梨沙子の物語】

梨沙子(りさこ)はリュックにマタニティーマークが付けたままだったことを、今、思い出した。 スーツ姿の男性が初老の女性に譲ろうとする席を、もうマタニティーマークを付けている資格のない自分に譲ろうとしてくれている。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「あ、あの、私・・・」 梨沙子(りさこ)は少し動揺して、初老の女性に説明をしようとしたが、初老の女性が優しく(さえぎ)るように梨沙子(りさこ)にしか聞こえないような小声で(ささや)いた。 「ありがとうね。でも私ね、()を抱えているの。だから座れないの。殿方(とのがた)にこんなこと言えないでしょ」 初老の女性は、梨沙子(りさこ)(ささや)くと恥ずかしそうに少し下を向いた。 もう資格のない自分が座ることに罪悪感を感じながらも、梨沙子(りさこ)はスーツ姿の男性と初老の女性の親切に甘え、シートに座ることにした。 中央特快が四ツ谷駅に到着すると、スーツ姿の男性は軽く会釈をしてホームへと降りていった。梨沙子(りさこ)は目の前に立つ初老の女性と視線を合わせ、微笑みを交わした。 この初老の女性は()なんて(わずら)ってはいないのだろう。きっと梨沙子(りさこ)を座らせるための優しい嘘をついてくれたのだろうと感じた。 車窓を眺めながら、梨沙子(りさこ)は、もう一度、不妊治療を続けてみようと思える自分に変わっていた。 中央特快は、いつものように都会の中を走っていく。 image=511320701.jpg
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