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「昔のことだよ」
と、私は答えた。
じわじわと、視界が滲む。
電話の向こうに気取られぬよう、精いっぱい、明るい声を出した。
「幸せになってね」
「うん。そっちもな」
そう言ったセンちゃんは、今、いったいどんな顔をしているだろう。
少しだけ切なく震わせた声は、昔よりも、ずっと低い。
背は伸びたのかな。大人っぽくなったかな。
面倒くさいと洗いざらしだった短髪は、都会の若者らしく変わっているんだろうか。
それを知ることは、もう二度と無い。
さよならを言って、私たちは通話を切った。
なぜだか私は、あの日水浸しにしたカーペットを思い出していた。
ミントグリーンのケバケバが視界いっぱいに広がって、それがじわじわと濃い緑に染まっていく。
愛おしい記憶。
二度と戻らない青春の記憶。
あの日みたいに泣くのは、きっと一生で今日限りだ。
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