第1章 覚醒

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 青い……半透明のプールのような空間に、僕は浮かんでいる。  時折、青が揺らいで、ラムネのビンのような淡い水色になり、かと思えばインクを溶かしたような深い藍色に染まる。青の濃淡は、(みどり)や紫を交えながらゆっくりと色相を変え、ただここに揺蕩(たゆた)う小さな存在を包み込んでいる。  温度も音も匂いも、重力さえ感じない。  色を感じるということは、光が存在するのだろうか。しかし、僕の瞼は閉じられたままだ。寒色系のスペクトルは、直接脳の中に電気信号として送られているみたいだ。  ――そうか、覚醒が近いんだ。 -*-*-*-  ――ピピッ……ピピッ……  鼓膜が震える感触に、こそばゆさを覚える。  暫く、聴覚を使っていなかったからなのか。日常的に音が溢れていた時には、こんな感触は知らなかった。生体学の講義でも、習わなかったはずだ――。 『乗船員・二等航宙士、宗方(むなかた)・リン・海渡(かいと)中尉、正常ニ覚醒シマシタ』  中性的な機械音が、僕の名を呼ぶ。同時に微かな空気の流れが睡眠カプセル――通称「コクーン」――の中に生まれる。覚醒後、活動開始に必要な濃度まで酸素を満たしているのだ。ゆっくり慎重に深呼吸を繰り返す度に、全身を巡る血流の速度が上がってゆく気がする。指先が温かく感じられるのを待って、漸く瞼を持ち上げた。 「――ぁあ……」  吐き出した呼気に混じって、掠れた声が出た。よく知るはずの自分の声音がよそよそしくて、びっくりした。  見開いた視界に、コクーンの天井――上蓋が視えてくる。薄明に近い静かな闇は、網膜へ与える負荷を最小限にするためだが、色や形を身体の器官で認識すると、途端に心細くなってしまう。  大丈夫、大丈夫。落ち着け、リン。何度も訓練したはずだ。たかが、コクーンの中じゃないか――。  そう、僕らは訓練を執拗に繰り返し、そして選ばれて、この宇宙船(はこぶね)「ノア」に乗船したのだ。 -*-*-*-
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