第3章 明暗

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『……で、ホントのところは、どうなの、カイト?』 『えっ』 『隠しても分かるよ。彼女、可愛いからね』  僕より7歳上のスチュワートさんは、優しい焦げ茶色の瞳を細めた。  バレてる――そのことが衝撃的で、気付けば頬が熱かった。 『……ちゃんと、言った方がいいよ。12年は長い』 『一緒に選ばれるかも知れないじゃないですか』  その時、振られていたら、辛すぎる。もし嬉しい結果であったとしても、大切なミッションに、そんな私的な感情を持ち込んではいけないと思っていた。 『実感があるかい、カイト? ノア計画は、万全を尽くしても命の保証がないミッションだ』  船長候補と噂されているだけあって、彼は穏やかな口調の中に、シビアな覚悟を持っているようだった。 『……ご忠告、ありがとうございます。ちゃんと考えます』 『うん。きっと、君とは宇宙(そら)を共にすることになるはずだ』  この時点で予言だった言葉は、2年後、現実になった。  スチュワート船長の下、副船長にブロンド美人のクロエさんが就き、博識のラッセルさん、最年少で度胸一番のマキネン君、オールラウンド・ドクターの朴さん――そして、僕。  僅か6席の狭き門を辛うじて僕は通り、しかしエマは選ばれなかった。 -*-*-*-  あれから12年。  エマは、地球で何をしているんだろう。宇宙に携わる仕事に就きたいと言っていた。夢は叶ったのだろうか。  船窓のないオフホワイトの個室。低重力を考慮して、部屋の奥行きより天井が高い設計になっている。床に近い位置から見上げると、僅かだが開放感を得ることができた。  そんな自分なりの苦肉の策を探しながら、僕は耐久性訓練を克服した。 『……おめでとう、リン!』  ほっそりと白い掌が差し出された。長い指に形の良い桜貝のような爪、エマの右手だ。  驚いて見上げた僕の目を真っ直ぐに覗き込んだ彼女は、再会した日と同じように屈託ない笑みを広げた。 『あ……ありがとう……』  握り返す僕の方が、遥かに動揺していた。
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