第3章 明暗

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 ノアが飛び立つまで、あと半年に迫った11月末。ミーティングルームに集められた僕らに、補欠要員2名を含めた8名の乗船予定(・・)者が、長官より告げられた。  仲間でありライバル――16名全員が、宇宙への強い想いを持って2年半の訓練に耐えてきた。  喜びを顕にする者もいれば、落胆し涙している者もいる。僕は、信じられない気持ちで、しばし(ほう)けていた。 『選ばれたんだから、もっと喜んでいいのよ?』  エマは困ったように笑みを緩めた。よほど、僕が途方に暮れた、情けない顔をしていたのだろう。 『……うん。だけど』 『リン。私自身が携われないのは残念だけど、同情なんてよしてね。他の人も同じだと思う』  戸惑いの本質を見透かされた気がした。僕の迷いは、落選したエマ達にすれば、驕りにも似た失礼な態度だったに違いない。 『もっと胸はって! でないと、私達の未来を託せないじゃない』  握手を解除した彼女は、いつかのように僕の肩をバシバシと叩いた。強気に笑む彼女の目尻が滲んでいることに気付いたが、触れずに精一杯の笑顔で頷いた。 『ありがとう、エマ。行ってくるよ』  そうすることしか、できなかった。 『ノアの見送りに来るわ。頑張ってね、リン』  選ばれなかったエマ達は、その日の内に訓練施設を退所した。それぞれ、元所属していた研究機関や企業に帰っていった。  「ノア計画」は地球規模の極秘プロジェクトなので、外部との連絡は完全管理の下、相手も回数も限られていた。  地球を離れるまでの間、両親には何度か連絡したものの、エマに連絡することはなかった。声を聞きたくなることはあったが、何を話して良いのか分からなかったからだ。  地球を離れる日、出航基地には乗員の近親者など、ごく一部の者だけが集まった。  ノアの航行目的は、表向き「ケイロン」への物資輸送と発表されていたので、マスコミが詰めかけることはなく、世間からもほとんど注目されなかった。  手を振る人々の中に、クリーム色の髪が見えた。遠目にも、エマが笑顔でいることが分かった。  危機的な状態にあることを知らされたまま、地球に残されるのは――どんな心境なんだろう。  出航の瞬間、漠然とそんなことを考えていた。 -*-*-*-
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