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医学の知識に疎い僕でも、彼の死因は明らかだった。
デスク脇から回り込み、至近距離で伺うと、船長用の航宙服を来た骸骨が座していた。護身用の短剣で自ら喉を貫いており、体液が夥しく流れ出たのだろう。既に乾き切っているものの、航宙服を変色させていた。
マキネン君同様、自家融解が起こり腐敗したようで、皮膚組織が崩れ落ち、部分的に白骨化している。コクーン内部ではなく通気性の良い室内での保存だったことが、両者の遺体の様相を変えたのかも知れない。
「どうして……何があったんですか、船長……?」
あの快活で頼もしかった船長が、自ら命を断つなんて――考えられない。
『ノア計画は、命の保証がないミッションだ』
かつて彼自身がそう言っていたが、こんな形で現実にするなんて、あんまりだ。
やるせなく、明度の低い室内に視線を向けた。この清謐な照明は、死に様を晒さない為の、彼なりのプライドだったのだろうか。
また、涙が視界を滲ませた。物言わぬ上司の傍らで、為すすべなく立ち尽くしていた。
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ミッションのリーダーを失った今、この緊急事態を切り抜けるには、残った人員が自分の業務範囲に関わらず協力し合わなければなるまい。
現状把握、安否確認が急務である。
やや落ち着きを取り戻した僕は、涙の痕を拭って、船長の亡骸に敬礼した。
――船長。貴方はミッションを途中で放り出すような無責任な人じゃない。よほどの事情に見舞われたんでしょう? ノアに何が起きているのか――原因を探るため、貴方の私的日誌にアクセスすることを、お許しください。
声に出さずに語り、唇を結んだまま踵を返した。死者の霊、というものがあるのかどうか――僕には分からないけれど、この青白い部屋の中には、船長の魂が留まって存在るような気がした。
円形配置のソファーの縁を通って、隣室、真っ暗な船長のプライベートルームに入る。
パッと照明が点り、眩しさに一瞬怯む。ゆっくり瞼を開くと――。
「……クロエさん」
才色兼備の副船長が、船長のコクーンの中にいた。コクーンの蓋は完全に開いており、システムは停止している。
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