第2章 再会

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『何だよ、僕が子どもっぽいって言いたいんだろ?』 『やぁね。そう膨れないでよぉ』  エマは、白に近いクリーム色のショートヘアを揺らしながら、隣で呆れたように笑う。 『膨れてないよっ』  答える側から、皺を刻んでいた眉間を自覚して、慌てて表情を正す。 『リンってば、他の科目はトップなのに、耐久性訓練だけは赤点ギリギリだもんねぇ』  スパゲッティを器用にフォークで巻き取ると、美味そうに瞳を細める。ハムスターみたいな大きな瞳が、ふにゃっと笑む彼女の表情にドキリと鼓動が跳ねる。  「耐久性訓練」とは、長期船内生活を想定した、行動抑制訓練のことだ。船室より狭い密室で、何もせずに過ごすだけの地味な訓練だが、閉鎖空間で目的なく過ごすというのは、精神的負荷が強い。  独り切りの孤独感は、まだ耐えられる。  だが、ひと度、閉じ込められていることを意識した途端、腹の底から止めどなく不安が沸き上がる。  二度と扉が開かないのではないか。密室への酸素供給が途絶えるのではないか。訓練終了を忘れられるのではないか――。  様々な疑心暗鬼と、生本能が発する不快感。これを抑え込むのは、容易ではない。波立つ気持ちを静めようとすれば、反動のように苛立ちの衝動が現れる。  彼女の指摘通り、僕はこの訓練が苦手だ。 『……そーゆーエマは、まんべんなく合格点だろ? ユートーセーだもんな、昔っから』 『あら。リンでも皮肉なんて言えるのね?』  拗ねたようにキュッとつき出すアヒル口にも、動揺が走る。薄いピンクのルージュを注視しないよう、殊更視線を遠く――食堂の窓外に投げた。 『パスタソース、口の横に付いてるよ』  本当は、触れてみたい。よく動く、あの唇に。多分柔らかな、薄紅色の健康的な頬に。  そんな密かな想いを打ち明けるには、僕らは近過ぎた。だから、悟られないように僕は親友という名の体の良いポジションに収まったのだ。収まってみたものの、それが最近は息苦しい。 『えっ、やだ。どこ? 取れた?』  慌てて紙ナプキンで口周りを拭いている。そんな様子を無関心に一瞥し、ポトフのニンジンを頬張った。 『う・そー』 『もお! 馬鹿リンっ!』  右の肩甲骨辺りをバシッと叩く。痛覚とは違う痛みが、胸に刺さる。動揺をポトフのスープで流し込んだ。
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