第2章

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「本来であれば、光定様と一緒に貴女にお話をする予定でしたが、お優しい光定様は、自分から離婚の話を切り出したら、貴女がとても傷ついてしまうだろうからと、私にその役目を託されたのです」 彼女はそこまで話すと、一度私から目線を外し、カバンから何かを取り出した。彼女の話を、自分の事だとはわかっているが、どこか客観的な事のようにきいている私がいて、なぜか冷静でいられた。けれど、私の胸はまるで空気をポンプで入られているかのように、どんどん息苦しくなっていった。私はその空気を吐き出すために、ゆっくり息を吐いた。 「これに、サインをしてくださいませんか」 彼女がカバンから取り出したのは、白紙の離婚届だった。 私はその紙をじっと見つめ、テーブルの上に置いてあったアンケートを記入するペンを取ると、右側の妻の欄に、私の名前を書いた。 「判子はお持ちですか?」 「あー、たぶんお寺に置いてあるんで、光定さんに押してもらって下さい」 「分かりました」 そういうと、彼女は離婚届をファイルにいれ、折り曲げないようにカバンにいれた。 「光定様は、貴女の事はお嫌いではなかったようですよ。ただ、私と違い、沢山の信徒の中の一人としか、思えなかったそうです」 彼女は、私を慰めているのか、それともとどめを刺そうとしているのか、私にそう言った。そして、席を立とうとする彼女に、私は彼女を見ながら 「あの方と光道様と寺を、どうぞよろしくお願いします」 私に今できる1番の笑顔でそう言い、長くお辞儀をした。お辞儀の時間が長すぎて、顔を上げる頃には、彼女はいなかった。 その時の私は光道様から教わった仏教の教えを思い出し、彼女に笑顔でそう言葉をかける事が、今の私ができる事なのではないかと思った。
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