第1章

3/8
823人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
「おしょーさん!また明日ねー!」 「うん、またね。元気にするのはいいけど、怪我には気をつけるんだよ」 「うん!」 「この子ったら、今まで幼稚園に行くのをよく嫌がってたんですけど、こうやって光定様の朝のお勤めを聞きにくるようになったら、自分から靴を履いて玄関で待ってるようになったんですよ」 「ふふ、それは嬉しいですね。また来てください」 「はい!毎日来ます!」 私の旦那様は、老若男女を虜にするイケメンなお坊さんだ。前住職の光道様の時は、朝のお勤めに来るのは私と数名のご老人ぐらいだったのに、旦那に変わってからはこのように、朝の忙しい時間を割いて朝のお勤めを聞きに来る人が増えた。まぁ、仏教離れが問題になっているこのご時世。どんな理由であれ、仏教に触れてくれる人が増える事は嬉しい事なのだが。 「奏、もう行くのか?」 「行って来まーす」 「ああ、いってらっしゃい」 そんなモテモテな旦那様のいつもの様子を見て、私は忙しそうな旦那様に声をかけず、その場を離れようとしたが、なぜか旦那様に気づかれてしまった。私のそっけない態度に、私がこの人の嫁だということに気付いている人は少ないと思う。そもそも、私がこの人と結婚した理由は、その時は数少ない信徒の一人だったからだ。私のことを若いのに熱心な信徒だと気に入ってくれた前住職、つまり旦那のお父さんが、いつまでも寺を継ぐ事を決めずふらふらしているその当時の旦那の嫁にぴったりだと、勝手に進めてしまった結婚だ。だから、私は旦那から好きだと言われたことはない。結婚式も身内だけの小さなものだったため、むしろ旦那に私のような嫁がいることすら、今の信徒さん達は知らない人が多い。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!