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呼び方
「かなたーん!おはなしー!」
「かなちゃん、今日は夕飯をうちで食べていかないかい?」
「かなちゃんがいると、墓参りの間子供達を安心して預けられるから助かるよ」
最近俺は気づいた。うちに来る人で奏と仲が良い人たちは、だいたい奏の事をかなちゃんと呼ぶ。たぶん、父さんの影響だと思うが。なんだか、かなちゃんっていう響きも可愛いし、特別な感じがしていいなと思う。恋人同士であだ名で呼び合う人達も多いし。
でも、俺は奏の事を奏と呼ぶ。俺は奏という名前の響きが好きだ。奏は自分には不釣り合いなに名前だと言っていたが、俺はそうは思わない。奏の綺麗な声と綺麗な心にぴったりだと思う。だから、俺は奏と呼ぶのが好きで、今までそう呼んでいた。
でも、奏の事をかなちゃんと親しげに呼ぶ姿に、少し憧れるし、正直少し妬ける。俺も奏の事をかなちゃんって呼んでみようかな。
「かなちゃん」
俺は試しに小さい声でそう言ってみた。けれど、言った瞬間、なんだかこっぱずかしくなって、手にしていたほうきを落としそうになった。
「なに」
すると、幻聴か、後ろから奏の声が聞こえてきた気がした。俺はゆっくりと後ろを振り返る。そこには、幻覚でもなんでもなく、本物の奏がいた。
「え」
「光定さんが私の事そう呼ぶの珍しいね」
「あ、うん」
まさか本人が聞いているとは思いもしなかった。俺は恥ずかしすぎて奏の事を直視できなかった。
「光定さん」
「あ、はい」
そんな俺に構いもせず、奏はいつも通り淡々と話す。
「私の事、奏って呼ぶの光定さんだけなの」
「え?」
「だから、光定さんは私の事奏って呼んで」
そう言いながら俺の横を通り過ぎて行った奏。通り過ぎる時に、奏の髪から覗く耳が少し赤らんでいる気がした。
「可愛い」
思わず俺は小さい声でそう呟いていた。
「光定、心の声が漏れるとは修行が足りんなぁ」
「げ、父さん」
「幸せなのはいいが、そろそろ気を引き締めんとなぁ。私もかなちゃんの事、奏って呼ぼうかな」
「修行頑張ります」
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