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「もう少し、ここに居させて頂けたら、帰ります」
「あ、はい。分かりました」
暫くすると、俺の存在を思い出したのか、山田さんの方からそう声をかけてくれた。本当であれば、このままここに山田さんを残すのは心配だったが、山田さんに今必要なのは俺ではない事は分かったので、静かにその場を立ち去った。
中に入った後も、山田さんの事をたまに見に行った。山田さんがそこから動いたのは一時間後だった。その時には服はもう濡れていないところは無いのではないかというほど濡れていて、俺はやはりあの時無理矢理にでも寺の中に入れるべきだったかなと思った。
「え、このあいだの嵐の日もかなちゃん来てたの?」
「うん。というか父さん、山田さんの事そんな親しげに呼んでたの?」
「うん、だって可愛いだろ?かなちゃん。本名は奏っていうらしいんだけどね。あの子の綺麗な声と心にぴったりないい名前だよ」
「んー、まぁ声は綺麗だよね。というか父さん、娘が欲しかっただけだろ。山田さん俺と同い年ぐらいだろうし」
「ふふふ、なんだい光定。父さんが取られたみたいで寂しいのかい?」
「何言ってんだよ。気持ち悪いぞ」
数日すると、父さんが帰ってきた。俺は父さんを出迎え。夕飯を一緒に食べながら山田さんの事を話した。そして、その時俺が悩んだこともぽろっと話してしまった。
「んー、それで良かったと思うよ」
「そうかなぁ。でも、そのせいで山田さんが風邪をひいて仕事にも行けなかったら、山田さんだけじゃなくて他の人にも迷惑が...」
「でも、お前はかなちゃんに一度声をかけたんだろ?」
「うん」
「それで、かなちゃんはお前の誘いを受けなかった。それはかなちゃんが決めた事だ。かなちゃんにはあの時間が必要だったんだよ」
「...でも、あそこにいたのがもし父さんだったら」
「そんのことを考えても、過去は変えられないよ。もしそんなに心配なら、次かなちゃんがきた時声をかけてごらん?」
「え、無理だよ。俺、山田さんと親しくないし。それに山田さんは俺よりも父さんに声をかけてもらった方が嬉しいと思う」
「ふふふ、まぁそうだろうねぇ」
俺はそう笑いながら言う父さんを一度睨んだ後、食卓を後にした。
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