昔のはなし

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修練を終え、二週間ぶりにうちに帰ってきた。 久しぶりに集中できた気がして、俺は充実感に満たされていた。 「おはようございます」 「あらー、お帰り光定ちゃん」 「おー、一段といい男になったなあ」 「ありがとうございます」 帰ってきた俺に、信徒さん達は労いの言葉をかけてくれた。俺はいつも通り、朝のお勤めに来てくれる皆さんを挨拶をしながら出迎えていた。 「おはようございます」 そしてその中に、山田さんの姿を見つけた。山田さんも仕事が忙しかったようで、山田さんと会うのは一ヶ月ぶりくらいだ。俺はなぜか少し緊張しながら、いつも通り返ってこないであろう山田さんに挨拶をした。 「お疲れ様です」 すると、山田さんが、いつも通り目を合わせず会釈をした後、小さい声でそう言いながら俺の前を通り過ぎて行った。 「え」 今のは幻聴だろうか。山田さんが俺に労いの言葉を返してくれた。 「あら、光定ちゃん。ぼーっとしてどうしたの?遠いところで頑張ってきたから疲れちゃったのかしら」 「え、あ。すみません。おはようございます」 初めてのことに驚き、いつのまにか固まっていた俺を、他の信徒さんが現実に戻してくれた。だめだな俺、やっと集中出来るようになったと思ったのに。疲れてるせいで聞こえた幻聴かもしれない。朝の挨拶以外は、いつも通りの山田さんだったし。 しかし、あの時は気のせいだと思っていたのだが、あれから山田さんは俺に挨拶を返してくれるのが当たり前になった。それに最近、山田さんは周りの信徒さん達と話しをすることも多くなった。今まで、父さんとしか話さなかった山田さんが、周りの人とも関わりを持つようになったのは、大きな変化だと思った。そして、山田さんの表情が最近穏やかになった気がする。俺に笑いかけることはないけれど、微笑みながら話をする山田さんをよく見かけるようになった。そんな山田さんにデレデレしている父さんはムカつくけど。 やはり、山田さんを見ていると勉強になる。俺には無いものを、あの人は持っている気がした。だから、つい山田さんを見かけては目で追ってしまうことが多くなった。
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