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いつも通り説法を聴いた後に、光道様と話をしていたら、いつのまにか周りにはもう誰もいなかった。
「昔、こんな男がおりました。その男は...」
今日は休みだし天気がいいから、境内を散歩してからゆっくり帰ろうと思っていると、なにやら掃除をしながらぶつぶつと独り言を言ってる息子さんを見つけた。とても集中しているようで、近づく私には全く気がつかない。
「あー、駄目だ。まとまらない。やっぱり父さんみたいに上手く話せないや」
と、思っていたが、突然そう言いながら彼はうなだれてしまった。その後も、ほうきの先の部分におでこをくっつけぐりぐりしながらぶつぶつ独り言をいう彼をみて、私は思わず笑ってしまった。
「え」
「あ」
すると、彼が私の笑い声に気づいてしまったようだ。みるみるうちに赤くなる彼の顔。
「す、すみません」
「い、いいんですよ!下手くそな俺の説法なんて誰でも笑いますよ」
思わず笑ってしまったことを申し訳なく思い、謝ると、彼は照れ臭そうにしながらそう言った。
「説法、するんですか?」
「え、ああ。そうなんですよ。修行中の未熟者の私には無理だと思ったんですけど、父さんからやってみないかと機会をいただいたものですから」
ここに通って長いが、私は彼の説法を聴いたことがなかった。
「そう、なんですか。でも、聴いてみたい」
「え」
「さっき、父さんみたいに出来ないって言ってましたけど、それでいいんじゃないですか?それに、最近仏様の教えを聴き始めたのが私の方が貴方より未熟物です。でも、そんな私と同じように悩んでいる未熟物のお坊さんのお説法、聴いてみたいなって、私は思います」
よく考えず素直に出たしまった言葉。私はお坊さんに失礼な事を言ってしまった事に気づき、急いで彼に謝ると、その場を後にした。うわ、余計なことをしてしまった、どうしよう。でも、言ってしまった言葉は消えないし、悩んだって仕方がない。と、思いながらも、その後三日程後悔が頭を巡ってお寺に行くことが出来なかった。
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