昔のはなし

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「かなのこんな姿が見られるなんて...」 「お姉ちゃん綺麗だよ!」 綺麗も何もあるか。どんなに綺麗に着飾ったって私は私だ。 式当日にこんな捻くれた事を考える花嫁は私しかいないだろう。でも仕方がない。まだ私は彼と結婚することの実感がどうしても湧いていなかった。なにせ結婚が決まってからも、私達の日常は変わらず、光道様のお寺で式を挙げるという事で、式の準備も光道様が知らぬ間に済ませてくれていた。 「山田、さん?」 あ、きた。今一番会いたくない人。 私を呼び止める人は、今日から私の旦那様になる人。でも、今は会いたく無かった。何故この彼が、ほとんど話した事もない私を選んでくれたのか分からない。もしかしたら光道様に勧められて仕方なく選んでくれたのかもしれない。そんな人に、こんな姿を見せたく無かった。けど、彼の羽織袴姿は見たかった。私は一つ深呼吸をした後、振り向く。 そこには、想像以上に素敵な、旦那様がいた。 私は思わず下を向き、せっかく振り向いた身体を戻してしまった。 そして、少しの沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは彼だった。 「ごめんね山田さん。動きにくいのに、振り向かせちゃって」 「大丈夫です」 そう言いながら彼は私の隣に立った。それだけで私の心臓は大暴れ。そう一言返すだけで精一杯だった。 「頭も重そう。顔あげるのも大変だよね」 角隠しの重さよりも、貴方のせいで顔があげられないとは、流石に言えなかった。 「俺たち、結婚するんだね」 何も言わない私に、彼は話を続ける。なんだか、少し彼の声が緊張で震えている気がした。 「俺たち、あんまり話した事もないのに、急に結婚なんて変だよね。あ、でも昔はお見合い結婚が普通だったから、こんな感じだったのかな」 沈黙が続くのが気まずいのか、話を続ける彼。昔はこの人の優しさは作り物だと疑っていたこともあったが、実際に優しさを向けられると、それは作り物なんかじゃなくて、とても暖かかった。 「あ、けど俺たち結婚するんだから、山田さんって呼ぶの、変だよね」 そう彼に言われて気づく。そうだ、私苗字変わるんだ。少しだけその瞬間、私はこの人と結婚するんだという実感が湧いた気がした。
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