昔のはなし

17/20

825人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
「奏」 「え?」 「私の名前、奏。楽器を奏でるの、かなで」 「...かな、で?」 「うん」 「奏」 「うん」 なんか、むず痒い。 彼に、私の名前を呼ぶように言ったのは私だけれど、彼が、丁寧に優しく私の名前を呼んでくれるものだから、なんだかむず痒く、恥ずかしくなった。 「俺は、光定」 「うん」 「...あれ?呼んでくれないの?」 「...」 そう言いながら、彼は私の顔を覗き込もうとしたため、私は逆の方向を向いた。 「ふふ、奏さんって、なんか猫みたいだよね」 そんな私に気分を悪くする事なく、彼はそう言ってくれる。この人天使か。いや、お坊さんだった。 「旦那、様」 「え?」 けれど、私には名前を呼ぶ勇気がなくて、そう言ったのだが、言ってからこっちのほうが恥ずかしいことに気づいた。けど、言ってしまった言葉はとりけせないので、私は赤くなる顔を見せないために下を向き続けるしかなかった。 「俺、今日から、奏さんの、旦那様になるのか」 すると少ししてから光定さんがそんな事を言った。その言葉に、私はこれ以上ないくらい顔に熱が集まるのを感じた。 「いて」 私は思わず光定さんのお腹あたりを殴ってしまった。 「は、恥ずかしい事、言わないで」 煩い心臓を抑えて顔を真っ赤にしながらそういう私は、絶対変だ。 「ご、ごめんね」 そんな私がよっぽど可笑しかったんだ。光定さんが笑いをこらえてながら震えた声でそう謝ってきた。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

825人が本棚に入れています
本棚に追加