第1章

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奏の家を出る前に、奏の寝顔を覗き込む。少し頬に涙で濡れた跡がある気がするが、何か怖い夢でも見たのだろうか。 それにしても、大きいスウェットを着て下に何も履かないのは、いかがなものか。スウェットから覗く奏の白い肌が俺の心を乱す。 それに、奏の職場は男性が多いらしく、よく奏は職場の人達と一緒にご飯を食べに行ったりしている。たまに家にあげることもあるらしい。その男性と一緒にいる時には、こういう格好をしていないといいのだが、なにせ奏はあまり自分の容姿に興味がないようで、世の中の男は自分に全く興味がないものだと思っている節がある。だから、本当は酒を飲む席に奏に行って欲しくない。男はもともと欲望に忠実な生き物だが、酒に飲まれれば尚更。奏はそれを分かっていない。昨日だって、奏から酒の匂いがした時胸がざわつき、思わず口に出してしまった。修練を幾度か積んできて、日常生活ではさほど心が乱れることはなくなった。しかし、奏といると別だ。自分の煩悩がわき出て心がざわつく。自分はまだまだだと実感する。明日からの修練もそう。奏と離れることを寂しくおもい、こうやって突然会いに来てしまった。 俺は思わず奏の頬に手を伸ばす。俺はその白くて柔らかい肌に触れながら、思わず顔を緩ませる。本当は一ヶ月奏に会えないぶん、一緒にご飯を食べたり、話をして奏を充電したかった。けど、突然会いに来てしまったから、それは叶わなかった。だからせめてと、一緒に寝ないかと提案したのだが、俺の下心がバレてしまったのか、奏に却下されてしまった。 本当はもっと奏に触れたい。けど、奏は俺のことが好きで結婚したわけではない。奏は住職が父さんの頃からの信徒だった。父さんを尊敬している奏が、父さんに息子と結婚して欲しいと頼まれたら、断れるはずがない。奏は俺に恋愛感情がない。だから、奏が本当に俺を好きになってくれるまで、奏に触れるのは我慢しようと思っていた。けれど、男だからどうしてもそういう欲は出て来てしまうし、最近父さんからも孫の顔が見たいと言われてしまった。そのせいもあり、最近の俺の心は乱れっぱなし。今回の一ヶ月の修練はちょうど良かったのかもしれない。そう思いながら、俺は奏の部屋を後にした。
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