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「どうぞ」
「お、おじゃまします」
そして全く身の入らなかったお勤めを終え、俺は奏さんの家に泊まりにきた。ここに来るまでの道中、俺たちはほとんど会話をしなかった。沈黙が嫌だったので、なにか話す事を考えようとしたのだが、話しかけようとして隣を歩く奏さんを見ると、さらに緊張してしまって、結局なにも話せなかった。
奏さんに促されるまま、家の中に入る。部屋に入った瞬間、他人の家の匂いがした。この匂いが奏さんの匂いなのかと思うと、なんだか、顔に熱が集まる気がした。
部屋の中は白と茶色でシンプルにまとめられていた。綺麗に整頓されているというよりも、元から置いてあるものが少ないようだ。料理もあまりしないのか、キッチンも物が少なく綺麗だった。
「あんまり見ないで下さい。急いで片付けたから」
「え、そうなの?俺が来るから?」
俺が部屋に来ようがあまり意識していないようにみえた奏さんが、部屋を片付けてくれた事が意外だった俺は、思わずそう言ってしまった。そのあとすぐ奏さんに無言でお腹のあたりを殴られた。
「うっ、いたい」
「ご、ごめん」
本当はあまり痛くなかったが、まさか殴られるとは思わず反射でそう言ってしまうと、奏さんが小さい声で謝ってくれた。その時、ちらっと見えた耳が、少し赤く染まっていた気がした。
あー、駄目だ。俺は奏さんのこういう所に弱い。ほんと、普段あんな感じなのに、突然こういうところを見せてくるのは反則だと思う。
俺はうるさい心臓と、赤くなる顔を少しでも落ち着かせようと、奏さんにバレないように深呼吸をした。
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