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「飲み物、お茶でいいですか?」
「あ、ありがとう」
そして俺は、奏さんが用意してくれたクッションの上に座った。
「お説法の内容は、紙にまとめたりするんですか?」
「え?うん、俺はまだ慣れないから、話す内容はだいたいまとめるかな」
「そうなんだ。あ、テーブル好きに使っていいですよ」
「ありがとう」
そして奏さんも、テーブルの前に座った。距離は近いが、目線は直接交わらないため、うるさい心臓を落ち着かせる事ができた。
「今度、お葬式をあげる人とは、どういう関係なんですか?」
「ああ、小さい頃は、俺とよく遊んでくれた近所のおじさんなんだ。父さんの周りは、お坊さんが多かったんだけど、そのおじさんは農業をしてて、よく俺はおじさんの所に行って、土いじりをさせてもらったんだ。楽しかったなあ」
奏さんにおじさんのことを聞かれて、思わず小さい頃の懐かしい思い出が蘇る。その後も、べらべらおじさんとの思い出を話してしまった後に、ふと、こんな事を聞いても奏さんは面白くないだろうという事に気付き、俺は話すのをやめて、奏さんの方を見た。
奏さんは、お茶を飲みながら微笑んでいた。
「ん?もう、終わりですか?おじさんの話」
「う、うん。まだあるけど、でも面白くないでしょ?こんな話」
普段笑わない人が笑うのは、ちょっとずるいと思う。その一回が、印象に残るというか、こっちまで少し嬉しくなってしまうというか。
「面白いですよ。光定さんの子供の頃の話」
そういう奏さんは、もういつもの表情に戻っていた。
「じゃあ、その大好きなおじさん達に、光定さんのお説法、聞いてもらえるなんて嬉しいですね」
「そうだね」
確かにそうだ。おじさんと、おじさんの大切な人達に俺の説法を聞いてもらえる。おじさんも、その周りの人達も、きっと俺が本当にうちを継ぐとは思っていなかっただろう。おじさん、こんな俺をみたらびっくりしてくれるかな。
「よし、頑張ろ」
「はい」
「んー、そうだなぁ。例えば最初は...」
「あー、それいいですね」
「そうかな?それじゃあ、次は...」
その後の俺は、意外と集中する事ができた。俺がいう独り言に、奏さんが相槌を打ってくれた。それだけでも、一人で考えていた時よりもどんどん考えがまとまっていった。
そして、あと少しで終わりそうという時に、奏さんがあくびをしたのが見えた。
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