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「奏さん、あと少しで終わるから、先に寝ていいよ?」
「ん、ありがと」
俺がそういうと、奏さんはゆっくりと立ち上がり、がさごそとクローゼットで何かをしたかと思ったら、そのまま部屋の奥に行ってしまった。その後、水の音が聞こえたので、俺はそこで思い出した。ここが奏さんの家だったことに。
シャワーの音を気にしないように意識しながら、全く筆の進まないペンを無意味に回していると、お風呂の扉が開く音を聞いた。それと同時に、なぜか俺に少し緊張が走った。
扉の向こうでドライヤーの音が聞こえる。そして少しした後、奏さんが一歩一歩こっちに向かって歩いてくる音が聞こえてきた。俺は、思わず顔を少し下げた。
「おわった?」
「ん、もう少し」
眠いせいか、奏さんは言葉使いが少し砕け始めた。その事が俺は嬉しかったが、逆に今の状況に緊張してしまい、俺の声は少し震えていた。
奏さんは静かにさっきと同じ位置に座った。俺は、なるべく奏さんが視界に入らないように視線をノートに集中させた。
「あ、お風呂はいる?」
「入ってきたから大丈夫だよ」
眠いせいなのか、体を少し揺らしながらそう聞いてくる奏さん。その時に、俺の方にふわりとシャンプーのいい香りがした。あー、うん。ためだ。
「本当に少しだから、奏さんは寝てい
「それ」
「へ?」
このまま奏さんに隣にいられてはたまらないと思い、もう一度奏さんに先に寝るようにうながそうとしたのだが、奏さんの声に止められた。思わぬ出来事で、俺は思わず奏さんの方を向いてしまった。
「奏がいい」
「え」
「さん、いらない」
少しむくれながらそう言う、奏さんと目があってしまった。
この人...本当に。
「か、奏」
「うん、それでいい」
俺はうるさい心臓を抑えながら、奏さんから視線を外し、緊張で掠れた声でそう呼んだ。すると、奏さんは俺の言葉に満足したようで、一言そういった。
「じゃあ、先に寝るね」
「うん、おやすみ」
すると、奏さんはソファーの向こう側にある布団に横になった。
俺はその後、どうにか内容をまとめ、奏さんが敷いておいてくれた布団に横になった。
奏さんの部屋は一つしかない。だから、俺と奏さんはソファーを境にしているだけで、同じ部屋に寝る事になる。たまに聞こえる、布団の擦れる音や奏さんの寝息には気づかないふりをして、俺はなんとか眠りについた。
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