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朝になり、目が覚めた。寺の朝は早い。案の定、奏さんより早く起きてしまった。けれど、黙って帰るのも、せっかく泊めてくれた奏さんに悪いと思って、俺は意を決して、寝ている奏さんを起こす事にした。
「奏、さん」
布団に丸まって寝ている奏さんに声をかける。なんとなく緊張してしまって、視線をどこに落ち着かせればいいのか迷っていた。
「ん」
すると、奏さんが布団から顔を出さないまま、掠れた声で返事をしてくれた。
「帰るね、昨日はありがとう奏さん」
「ん」
そう声をかけるも、まだ奏さんは夢見心地なようで、短く返事はするが、布団から出て来ない。少し寂しく感じたが、朝早い時間だししょうがないと自分に言い聞かせる。そして、奏さんが寝ぼけていて俺の話を聞いていないことをいいことに、
「またね、奏」
もう一度名前を呼んでみた。
しかし、今度は奏さんから短い返事も返ってくることはなかった。最初から返事は期待していなかったので立ち上がり、その場を後にしようとした時
「またね、光定さん」
と、奏さんの小さな声が俺の耳に入った。
俺は急いで奏さんの方を向いたが、奏さんは布団を頭まで被っていた。
ほんとこの人、やめて欲しい。なんでこんな事するかな。あー、もう、ほんと可愛い。
初めて俺の名前を呼んでくれた奏さんの声を、頭の中で何度か繰り返しながら、俺は熱が集まる顔を隠して家に帰った。
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