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「…嘘だ。そうじゃないくせに。みんなのこと、大好きだったくせに。毎回、ちゃんと立ち会えなくて、後悔して、だから、自分が許せなくて、泣けないくせに」
別れの夏から三十余年の時が、神様の君にとって、長かったのか、短かったのかはわからない。
決壊した涙腺は涙をひたすらに溢れさせ、しゃくりあげながらも必死に言葉をつなごうとする。
その姿すら愛しくて、僕はたまらず彼女を抱き寄せた。
それは、再会の儀式。
たった五度限りの奇跡の夏に、互いに互いを確かめた。
触れる肩に、背に、体温は感じない。
けれど冷たいということもない。
ただそこにある、という感触は不思議で、でもそれで、それだけで僕には十分だった。
僕の背にぎゅっと回された腕も震えて、肩口に顔を埋めたままの幼なじみの少女は、くぐもった声で、ごめんね、と告げた。
「優しい千尋を、親不孝者にしたのは…私、だね…」
愛娘がいたことすら忘れてしまう悲しみを、忘れてしまったことすらわからない悲しみを、僕だけは知っている。
覚えている。
だから、僕の大切な人たちに、同じ想いをさせたくはなかった。
それだけが――たとえ周囲から、あまつさえ大切なその人たちからすら不義理な子に見えたのだとしても――僕にできる唯一の孝行で、スズ姉との約束と等価の大切なことだった。
「いいんだ。そうしてでも君を忘れたくないし、僕を忘れさせたくないと思ったんだから。だから誰のせいでもない。これは、僕が選んだことなんだ」
しがみついたまますすり泣く君は、知らないだろう。
高く澄んだ春の空。
深く濃くなりゆく森の緑。
君がいる、たったそれだけで僕の世界に色が息づく。
「僕は、約束を守るよ。紗佳」
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