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僕には、姉と慕う幼なじみがいる。
物心つくより以前から姉弟同然に育ち、何をするにも一緒だった。
けれど。
『私、神様になるの』
彼女と最後に会ったのは夏の終わり。
高校1年生の時だった。
それから僕は、一度も彼女に会っていない。
幼なじみの少女は、山の神様に見初められて、連れて行かれてしまったのだ。
スズ姉という人など、元々いなかったということになっていて――ただ一人、僕だけが彼女が確かにいたのだということを、忘れなかった。
『絶対、会いに来ないでね』
忘れて欲しいと口にしながら、自身を忘れずにいてくれる僕を、連れ去りたくないと言ったスズ姉。
その儚い笑顔を、忘れたことなど一度もない。
誰もが彼女を覚えていなくても、僕だけはスズ姉のことを忘れずに居続けるのだと、決めて今日まで生きてきた。
神様が人を攫うというなら、攫われないくらい、遠くまで逃げよう。
神様に、見つからないようにしよう。
――彼女のことを想う時、必ずちらつくのは、毒々しいほどに鮮やかな朱を引いた狐の、細い三日月のように嗤う姿。
『おまえを気に入ったよ』
ずっと幼かったあの日、あの時。
神様になんて出逢わなければ――今もふたりで、いられただろうか。
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