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願い言の葉
「どうして今更帰ってきたの」
ひと通り泣き止むのを待っていたら、詰る口調で睨みつけられる。
それが、たまにしか泣かない我慢強いスズ姉の、気恥ずかしさやばつの悪さの裏返しからくる仕草だと知っている僕は、やっぱり目の前の彼女こそが、僕の知っているスズ姉だと得心した。
「今更、の理由はさっき言ったよ」
神様が連れ去るのは、子どもだけとは限らない。
スズ姉がいなくなった時のように、僕が神様に連れて行かれた時、皆が僕を忘れてしまうのだとしたら、僕はそれを家族に、そして家族同然に想ってくれるスズ姉の家族に、決してさせたくなかった。
「ばあちゃんのときも、小父さんのときも、小母さんのときも、全部ぜんぶ間に合わなかったくせに」
「それでもお別れはちゃんとしたさ」
「ひとつだって泣かなかったくせに」
「大人になると、簡単には泣けなくなるんだよ」
遠い夏の日に別れてから、一度たりとも会うことはなかったけれど、訃報に触れて都度実家を訪った僕の様子を、スズ姉はどうやら知っているようだ。
彼女が問い詰めるとおり、近しい家族を亡くしたとき、僕はどれ一つその死に目に会うことは叶わなかったし、葬儀が終われば東京へ取って返した。
とんだ親不孝者の自覚はある。
それでも貫いたのは、神様に目をつけられないためだ。
――別れの夏の木漏れ日の中、思い出からそのまま抜け出したように変わらない神様に。
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