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郁弥が高校出るまでどんだけかかるんだろうと思ったら真っ白になった頭の隅が痛かった。
「今日からここね」
「うん」
お願いしますと頭を下げた、時期が外れていて、すぐに入れた保育園は、マンションのそば、これも結構かかるんだよな。
そして。
「よろしくお願いします」
「早川歩巳君ですね、よろしくね」
「お願いします」
歩巳も転校、ここから近いところに移った。弟には鍵を渡してある、遅くなったら、郁弥のお迎えを頼んで。
「早川、これコピー」
「はい」
高卒で事務員なんてなかなかない。だから、どこでもよかった、一人暮らしができるなら。
貴金属会社の大きな工場が立ち並ぶ中に私の仕事場はある、毎日パソコンとのにらめっこ、それでもよかった。
毎日喧嘩ばかりしている両親と、ガチャンガチャンと同じテンポで鳴る機械の音、ギャーギャーと騒ぐ二人の弟の声、そこから逃げ出したかっただけなのに。
神様は私に罰をあたえたんだ。
手の中の弁護士の名刺。顔なんて覚えていない、とにかく必死で、今考えると、本当に終わったのかもわからない。
たまたま、健康診断で行った病院。待っている時間目に入った広告たちを見ていた。
ジェネリック医薬品に変えませんか?
保険証の手続き。
乳がんの検診。
その中にあった、小冊子。
家族が自殺したら相談ください。
へーなんて、関係ないなんて、パラパラと見ただけなのに。
すぐに手続きが行われ、借金だけは免れた。
弟たちの手を引いて帰ってきたワンルームマンションを見上げた。ここもいつまで居られるだろう。
「姉ちゃん?」
下を見た、ニッ、と唇に力を入れた、笑えているだろうか。
「新しい家だよ、帰ろう」
ふたりの手を取り中へと入っていった。
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