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「おじゃましました」
頭をさげて、雫はスリッパを脱いだ。来た時は死にそうになりながら足をつっこんだスリッパを、今は幾分か軽い気持ちで脱ぐことができている。
「雨野くん、また来てね。真杜がいなくても、いつでも遊びに来て」
「はい」
「それから、ひとつだけ忘れないでちょうだい。わたしと夏蓮は味方だってことを」
「味方……?」
「そう。世の中が反対しても雨野くんのご両親が反対しても、わたしたちは味方だから」
そうだよと、夏蓮も笑っている。
「世の中の反対なんかどうでもいいよ。そんなの反対の内に入らねぇじゃん」
真杜にとって大事なのは、自分の人生に関わりがある人たちだけで、名も知らぬその他大勢のことは、どうだっていいのだ。
「それもそうね。じゃあ、雨野くんが心配するような敵なんか、どこにもいないんじゃないかしら」
そう言われて雫はようやく、自分が見えぬ敵に怯えていたことに気が付いた。
よく考えてみれば、自分の周りに敵などひとりもいないと雫は思う。白井も武内も木津も更科も、芸人仲間はみんな雫と真杜のことを認めている。腹の底でなにを思っているかはわからないが、表面に浮き出てこない悪意なら、気にする必要もない。
誰になにを思われるか。世間にどう思われるか。そんなことは、気にしなくていいことなのだ。
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