第1話【俺の相方がおかしくなりました。】

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 畳張りの控え室の片隅で雫は壁に背中を預けて、立てた膝の上に置いた漫画雑誌を熱心に読んでいる。 「ジャンプ?」 「うん」 「あとで読ませて」 「うん」  雫の手もとを覗きこみながら、真杜は雫から約三十センチの距離をとって隣に座った。 「なかしま」  ずっとうつむいていた雫が顔をあげ、真杜にジャンプを差しだしてくる。 「もういいの?」 「うん」  雫は、声に感情が乗らないような、平坦な喋り方をする。真杜のことを「なかしま」と呼ぶ時もそうで平坦でひらがな口調だ。  そして真杜は、それが好きだった。雫のふわふわと甘いお菓子みたいな声は、軽やかでありながらも鼓膜にべたっと貼り付いてくる。溶けたキャラメルのようでもあり綿菓子のようでもあり、その声で呼ばれるたびに、真杜はいつもくすぐったい気持ちになるのだった。 「髪、切ったんだ?」 「今? 遅くね?」 「だって、ジャンプ読んでたから。ジャマしたら悪いなと思って」  だから言うのが遅れたんだという含みに気付くだろうか? と、真杜はジャンプを開きながらちらっと雫のほうを見た。雫は髪に手をやりながら、わずかに口角をあげている。 (喜んでる。かわいい)
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