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さて、そのような今朝がたのことである。私は、多摩川の清流を見下ろす橋の影にて、一体の鬼に出会った。それは気候的災害の比喩でもなく、内面の投影でも、感傷でもなく、ただ目の前に呼吸を伴って存在する都市伝説の類であった。彼自身が鬼と名乗っていたので、それで間違いはなく、それが真実たらしめるものは、彼の額からまるで若竹のように皮膚を突き破って生えてきた、外付けされたものとは到底思えない一本の角だけであったのだが、不思議と私の中に芽生えた感情は、懐疑心でも、怪訝でもなく、ただ目の前の現象に対する興味であった。よもや人々の噂する都市伝説の具現化を見ようとは、夢にも思わで、私は少しずつその胸の裡に興奮が生まれてきたことを覚えた。目の前の現象を裏付けるものも、私の知識も一切なく、ただそれすらも凌駕してしまうほど、視界に飛び込んだ事実に、身も蓋もないなどと言う場合でもなかった。しかしながら鬼の姿というものは私の想像を、決していい意味ではなく、はるかに超越していた。筋骨隆々たる剛士の如き生命力あふれる肉体を持つ鬼を想像していた私にとって、骨秀で、頬やせこけ、最早金棒は愚か茶碗ですら持ち上げられるかどうかも怪しいその華奢な腕をだらりと垂らしながら橋の下のコンクリートに力なく寄りかかっていたその姿は、見るも哀れともいうべく、見苦しいというほかなかった。しかしどうやら、鬼の様態がこのように変貌してしまったのには理由があるらしい。
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