開幕

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 彼の話によると、約一年前、住んでいた場所を追われてしまったらしい。それも、人間たちの傲慢により、区画整備、土地開発の類を口実に、川辺にそびえるおんぼろ家屋を明け渡さねばならなかったらしく、彼はその悲壮の面持ちで自らの不幸な身の上話を涙涙に語らんとするも、その涙に男の猜疑心は呼び起こされていた。なぜなら、私が今までに聞いた話によると、鬼たちは金品強奪、恐喝などと言う悪行三昧を重ねながらも、その恐ろしさゆえに人間が裁くということすら許されないと刷り込まれていたからで、その悲壮たる話に待ったをかけずにはいられなかったのである。ただ、それにはどうやら鬼も反論があるようで、確かに人間の街を荒らした過去も確かにあり、悪行であるという事は重々しょうちであるが、それは致し方のないことぢやとて、それは鬼の言い分としては、鬼であろうと生ける物の一種であり、ただ見た目が怪しい、恐ろしい、声が怖いなどと言うこじつけのような、最もらしい言い分で迫害を受けるのは、人間の傲慢でしかなく、元々寛容であった鬼であっても、さすがにその顔を一たび人間に見られるだけで石を投げつけられ、ありとあらゆる罵詈雑言の類を浴びせられ続けたら、文字どおり人間不信に陥ったとて、仕方あるまいし、故に強盗という形で人間に復讐をしようとしていたというわけである。しかしそれもいつまでも続かず、恐ろしく、人間がかなわない圧倒的戦力の象徴として扱われていた鬼は次第に悪行の象徴、迷惑な存在として町々に語られ、ものの話によると源頼光率いる朝廷軍が鬼を成敗し、鬼は完全に壊滅したかと思われた。しかし、それからもう五〇〇年もの時が過ぎたであろう今日、鬼の末裔が夜な夜な町に繰り出し、人を食って歩くという噂が、まことしやかにささやかれていたのであるが、私はこのような作り話の類に殊更興味を抱いたことはない。だからこそ、私は戦慄したのだ。まさしく、うそから出た誠とはこのことであろう、と。とはいえ、やはり先ほどまでの鬼の話に信心を抱くほどの純粋無垢な気概は持ち合わせていない。私は、今まで人がうわさしていたその嘘の話の類がこうして疎外され、独り歩きし、具体的な形を持って現れたこの事実に恐れ慄いたのである。私は、昔から鬼がいたなどと言う迷信は殊更信じていなかったわけだが、これまでになかった種類の驚きと感動に、学術的興味を抱くほかはなかったのである。
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