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さてその夜、私は殺人を決行するに至った。酷く美しい満月の夜であった。マスクとサングラスで顔を完全に覆い、フードを深々と被ることで私は他の人間に私が知られてしまうことを防いだ。かの倅の家に行くまでには意外と距離があり、家を出発するときは自分が引き受けてしまったことへのわずかな悔恨、怖気づきがあったが、一歩一歩、夜の闇の中を歩くうちに、誰も歩かない、車一台ですら通らない道の支配権は自分が持っていると思いあがり、まるで自分はこの町で一番存在感のある、強者であるようにも思えた。そのため、私の歩速は徐々に増し、当初想像していたよりも大分はやく倅の家にたどり着いた。私がその門をくぐり、侵入するのには何の躊躇いもなかった。いつものように窓のカギの周りの部分のみを静かに割り、カギを開けた。カラカラと、僅かな音のみを立てて侵入する。そこには、のっぺりと揺れる月影の姿があった。私の計画の裡には、倅のいぎたない眠り込みを襲う気概があったのだが、丁度私が入り込んだリビングの向こう側からかすかな足音を確認した。さて、ここで私は思い出したのだが、その人物が果たして山崎の倅たらしめるものが何なのかさえも不確かである。しかしこの場所がその家であることには違いない。私は、内ポケットに隠し持っていたナイフを慌てるように取り出し、とっさにゆらゆらとその陰の中から月の元へと踊りだす哀れな命に牙をむき始めた。
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