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 男の身体で生まれてきたけど、なんともいえない違和感を拭いきれないことを母親に訴えたのは中学の真ん中ぐらい。隣の県まで足を延ばし、それまでの自分を誰も知らない高校へ進学し、今は女子の制服を着ている。 「バカね。なんで修学旅行の後、里中君に何も言わなかったの?」 「今さらそこをつっついても遅い」 「失敗は成功のもとなんだから、今回のミスを次に活かすためにもちゃんと検証しておかないと」  へぇ、そうですか。  薄くスライスしてキャラメル色にくたっと煮たリンゴを添えたホットケーキが今日の夜ご飯。女だけの家庭ならこれも許される。「得意料理はおにぎり」と真面目に答える母親は、その言葉通り台所に立つのが好きじゃないらしい。けれど、この手のお菓子っぽいものは妙に上手い。焼きリンゴとメープルシロップをかけたホットケーキは甘くて幸せな気分になるけど、話している内容はまったくハッピーじゃない。 「だってさぁ……」 「なによ?」 「なんか、男子とそういうことを話すのって、……恥ずかしいよ」  こんなこと、この人以外には絶対に言えない。  なんであの後で里中に話しかけられなかったのか。それを自分でも考えてみた。うんうん悩んでさんざん考えて、出てきた答えが、「恥ずかしかった」。  恥ずかしい。  自分の性別に対するモヤモヤは以前ほどなくなってるし、好きとか付き合うとか高校生にもなって興味がないわけじゃないけど、なんか、その、妙に照れくさい。すごく恥ずかしい。「男は恥に命を捨てる」っていう昔の言葉を持ち出すまでもなく、そんなことが足かせになるなんて、自分は腐っても男なんだなと思ったりもする。  そんな元男子の乙女心をわかっているのかいないのか、向かい側にいる母親はフォークを持った手の甲で口を覆いアハハとひとしきり笑うと、「あー。なんか安心した」と言った。 「お母さんも古い人間だからさ。たしなみっていうのかな。恥じらいみたいなものは持っててほしい気持ちもあるのよ。男でも女でも」  うん。 「それがなくなっちゃったら、可愛くないもの。大丈夫よ。もう少しすれば、その足枷を自分でブチッて切って誰が止めようが突き進まなきゃいられない人と恋愛できる日が、マコにも絶対にくるから」  そうかなぁ……。ま、そうだよね。くるよね。 「マコって呼び方よりも、麻琴がいい」  そう言って、おかわりと皿をつき出した。
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